2009年11月24日

施設長奮闘記・Part42

理事会でのやり取りは、

お偉方:「事務長から、キミは独自の考え方で、
    勝手なことばかりやっていて
    施設運営に支障をきたしているそうだが、
    どうなのかね?

    理事会としてはそれが本当なら
    考えを改めてもらわないといけないが、
    君の言い分を聞かせてもらおうじゃないかね?」

私:「結果は、利用者数、さらには経常利益でお示しした
   と思っています。

   つまり私の施設に対する貢献度
   すべて数字でわかるようになっています。

   評判が悪ければ、利用者数も減り、
   経常利益も低下するはずです。

   他の施設では類を見ないほどの利益を出しながら、
   利用者最優先の法人としての理念を貫き通すことに、
   私は死力を尽くしてきました。

   それは、皆さんが手にする月間収支決算書に
   記載された数字で判断できるものだと思っています。」

介護が不出来でも、看護が不足してもすべて私がカバーする
という姿勢でやってきたので、自分で言うのもなんですが、
かなり利益が出せていましたし、
実は地域の評判も悪くありませんでした。

そのために私は市民講座講演会執筆活動などを通じて、
市民の皆様に少しでも貢献できるように努力してきたのです。

こういうことがあると、私が外の仕事をしている間、
事務長に負担がかかるので、それを

『勝手なことばかりしていて、施設運営に支障をきたしている』

と言ったのです。すごいでしょ。

私:「人を批判するのは私の性分に合いませんが、
   事務長は簿記の知識も経験もなく会計ができません!

   そのため、運営計画の計算は今までほとんどやっていません。
   すべて、私が概算を出して、その考え方や情報から事務員に
   私が直接指示して、なるべく現実的な数字を出してもらって、
   今まで運営してきました。

   その結果が今言った『数字』です」

これにはお偉方もビックリ!

お偉方:「ということは、事務長は何をやっていたんだい?」

ここから、立場逆転です。
posted by 西やん at 15:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月13日

施設長奮闘記・Part41

事務長:「先生は全くわかっていない!
     あんな金額にしたら施設が大変なことになる!」


と母体の病院の理事の方々に申し出をしたのです。

それを真に受けた理事から臨時に「呼び出し」を食らいました。
いったいどういうこと?!

なんといっても事務長は、
病院の理事達の顔色を伺っている人物なので、
全く施設の運営そのものには力を入れていません。

面倒なことはできるだけやらないのが
彼の方針であり主義です。

ちょっと話しはズレますが、
『地域支援包括センター』という予防介護関係の事業が
各市町村レベルで行われています。

当時の私の地域では、役所は直接やらずに、
民間委託になりました。
その時、役所がこのセンターをやる事業所を募ったのです。

すかさず、

事務長:「そんなこと、人件費がかかりすぎるうえ、
    事務仕事も増えますから、
やっていられま せんよ。

   こんなことに手を上げる気なんかありませんから、
   役人の話だけちょっと聞きに行くだけにして、
   ここでは受けない方向にしていきますよ!」

などと、たわけたことを言っていました。

これについては、事業所としては絶対やるべき仕事でした。

自分の仕事が増えるのが嫌で、
適当にごまかそうとしたのですが、
理事から

  「この事業はここの施設で請け負うことにしなさい。」

と勅令が来ました。

私としてみれば当たり前のことですが、
当時のこの一件で、事務長は理事からの信頼を失い、
私を陥れるどころか逆に墓穴を掘った形になりました。
posted by 西やん at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月06日

施設長奮闘記・Part40

その後も、介護長は部下を洗脳しながら
突き進んでいきました。

ところが、介護士も抜け目がないというか、
まさに

『介護長だけケアすれば大丈夫』

という雰囲気が蔓延して行き、
徐々に介護長がいない時には極端に手抜きが始まりました。

この現象に対して、介護長はどう対処するのか見ていましたが、
意外なことに何もしません

これには参りました。この真意はいまだにわかりません。
介護職員に表裏のあるのは当然、という考えなのか。
それでも自分の言うことだけを聞いていればいいと考えたのか?

そこに、新看護長をぶつける形になるのですが、
その前に介護保険の改正が一部前倒しで行われることになっており、
その対応にまたしても苦渋することになるのでした。

少し古い話ですが、介護保険は平成17年10月に一部改訂になり、
食費と居住費が自費に変更になりました。

それまで、1割が自費負担でしたが保険の枠から外れたので、
施設によって値段が異なることになりました。

例えば、施設によっては一日の食費が1380円だったり、
1800円だったりします。
居住費も月4万円だったり、6万円だったりするのです。
この価格設定が当時困難を極めました。

まず、低所得者の方々に対する上限を厚労省が決め、
それ以上の収入がある方は施設との
 「自由契約」
としてしまったのです。

問題は価格をいくらにするか?
これはどこの会社でも悩むところでしょうが、
談合するわけには行きません。

当時私が勤務していた施設は、ちょっと地方にあったので、
価格設定が高すぎると退所してしまい、
より安い施設に移られてしまうのではないか
と心配になりました。

この情報は事務長に収集させていましたが、いつも

「まだわかりません!」

の繰り返し。

業を煮やして、県にお伺いをたてたところ

ホームページにすべて出ています』

と言われてしまいました。

結局、急いですべてダウンロードして
私1人でにらめっこする羽目になりました。

事務長はシラーン顔です。
なんの、助けにもなりませんでした。
posted by 西やん at 15:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月26日

施設長奮闘記・Part39

「×××ですか...」

ええい!今の状況と今後の施設の将来を考えれば、
少々の先行投資になるかもしれないけど
このままでは施設の組織が崩壊してしまうから、
それを何とか支えてもらいたい。

こうなったら私の給与を減額しても
この人の給与を確保するしかない!と思い、
理事会には私が直接交渉することにして、

「わかりました。では○×○ではどうでしょう。
ただし、諸事情を踏まえて、
来年の昇給時期までの半年間は○○○、
その後×××に昇給とします。

さらに私が○×○まで保証するように
理事会にかけます。それが限界です!

「わかりました。
先生がそこまで考えてくださるなら、
現状の給与よりもかなり低くなりますが、
やってみましょう!」

ふーっ!これで看護職員に新体制になるから
もう少し、退職を待ってくれと言える。

しかも、今の看護長が退職しても大丈夫だ、
と思ったら、

「では、先生。私の条件も聞いてください。」

はい、はい。もう来てくれるならなんだって聞きますよ!

「今の看護師長さんをそのまま勤務続行してください。
  私はその方と一緒に
  看護業務の改善に力を注ぎたいと思います」

うっ!これは痛い所を突いてきた。

現看護長が退職して、新看護長を入れなければ
人件費が新看護長の分だけ増えるだけになってしまう。

これは施設の人件費から計算するとかなりきつい

このように人を雇用するというのは大変なことだと、
つくづく感じた次第でした。
posted by 西やん at 16:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月15日

施設長奮闘記・Part38

看護師は私がどこへ言っても、

「誰かいい人いませんかー!」

と叫び続けていたので、ちょっとしたところから、

「先生、いい人がいますよ」

と声をかけてこられました。

「ポン引きみたいだなあ」と思いながらも、
 某中堅の400床クラスの規模の病院
 看護師のNo.2まで行き着いた方との話でした。

「ところで、そこまで行った人が、
たかが一般の民間施設に来てくれるだろうか?」

「何とか、交渉してみましょう」

と話し合いになりました。

あまり明確な事情ではありませんでしたが、
勤務内容や人間関係などの理由で、
今の病院は退職したいとのことでした。

人柄も良さそうだし、なんといっても
大きな病院で人を動かしてきたという実績があります。
経営感覚もほどほどありそうです。

高齢者施設なら十分過ぎるくらいの方でした。

さて、困ったのは給与です。

なんといっても400床クラスといえば、
それなりの給与をいただいています。

施設では病院並みの給与ははっきり入って無理です。

いくら私が経営全般すべて任されているとはいえ、
高額な給与は理事会を通りそうにありません。

「申し訳ありませんが、
 今までと同じくらいの給与は到底出せません。
 母体の病院の婦長クラスが今の当方の看護長の給与なので、
 ○○○くらいになるのです」

「...、確かにそれはそうだと思います。
 私も今までと同じ額をいただけるとは思っていません。
 業務内容もストレスも今までよりは軽減されると
 予想していますから。
 でも、私にもそれなりに家庭と言うものがありますから。」

うーん、業務内容、ストレス...。
違った意味で負担が増えるかも?などと考えながらも

「今までの実績を考えないとは言いません。
 通常○○○くらいですが、
 ×××くらいまでなら何とかなるのではないかと思います。」

具体的に○○○、×××の金額はここでは出せませんが、
何せ母体が民間病院ですから給与は決して高くはないのです。
posted by 西やん at 10:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月05日

施設長奮闘記・Part37

私:「Sさん、アノ一件については
   お互いの理解が不十分だったことが原因だった
   とわかるでしょう?」

看護師:「それは、わかります。
    でも看護長に言っても
    何もしてくれないじゃありませんか!」

ここで、本人がやめたいといってるんだから無理だよ、
とは現時点では口が裂けても言えません。

そんなことをいったら退職の決意固まるばかりです。

私:「いや、それは、人数のバランスもあって、
   なかなかうまくいかないところもあるんだよ」

S看護師:「じゃあ、先生からも言ってくださいよ。
     病気のことがわかっていたら
     あんなことは考えられないですよ。
     わかってないからあんなことをするのですよ」

私:「うーん、もちろん疾患がわかって、
   かつ心理状態も把握できれば
   より良いケアができると思うよ。
   お互いが強みだけを強調して、弱みを棚上げしては
   衝突になるのはわかっているはずだよ」

S看護師:「それはそうですけど...」

(おっ、さすが看護師、やはり話をすれば
 理解してくれるのは良い所だ。
 介護も意固地にならずに素直に物事を考えてくれればいいのに、
 すっかり介護長に洗脳されてしまったからなあ)

私:「もちろん、今までの経緯があるから
   看護師として不満があることはわかる。
   でも利用者を第一に考えることが
   我々の使命であることはわかってるよね。
   これははずせない考えでしょ
   もう少し、高い意識を持ってケアに当たらないと
   自分自身の成長にならないよ」

S看護師:「そうですけど、じゃあどうすればいいですか?」

私:「とりあえず、3ヶ月間待ってみてくれないか?
   結論はそれまで保留にして欲しいんだよ」

S看護師:「なぜですか?」

私:「それは、体制が少し変わる可能性があるからだよ。         今は詳しいことはいえないけど、
   3ヶ月以内には具体的なことを示せるよ」

S看護師:「じゃあ、先生、3ヶ月間だけ待ちます。
      その後で、結論を出します」

(オーッ!ありがたい。それまでには新看護長の雇用をしておくよ)

というわけで、5人の退職をとりあえず3ヶ月間だけ
保留することができました。
そして、新看護長の雇用の交渉の始まりです。
posted by 西やん at 10:41| Comment(1) | TrackBack(1) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月24日

施設長奮闘記・Part36

ところがこのようなことが続けば、前にも書いたように、

介護長だけケアすれば自分達の身の安全は保障されたも同然」

という一種のモラルハザードがおきてくるのでした。

このため、一般の介護士の実力は伸びるどころか
退化しているかのように私には見え始めてきたのです。

そんな頃、新たな看護師雇用が決まります。

突然の看護長!の出現です。

その前に、こんな敵対した状態にあった看護と介護の間で、
ちょっとして小競り合いがありました。

ある入所者の方に対するケアのやり方が、
看護と介護で意見が統一できず、
お互い違うアプローチをする形になってしまったのです。

日頃介護士が看護にやり込められることが多かった背景もあり、
介護長から一人の看護師にクレームをつけてきました。

K介護長: 「認知症の方に対する勉強が不十分なのに、
      偉そうに介護をあごで使うな!」


看護: 「そっちこそ、病気のことを勉強していないのに
    偉そうにケアだ何だと言わないでよ!」


ここまで来れば、子供のけんかと同じで、
理屈も何も合ったものじゃない。

お互い  「嫌いだ!」  という感情のみでぶつかり合ったうえ、
看護長は退職しようとしているため収拾つかず、
結局く大事な看護師が辞めることになってしまいました。

1人だけならまだしも、5人から

「こんな介護ばかりが幅を利かせるような施設ではやって行けない!」

と不満が爆発して退職願が出されてしまったのです。

看護長も右往左往してしまい、
ますます混乱をきたすことになってしまいました。

とにかく退職を思いとどまらせなければ、業務が成り立ちません。
もちろんこの状況を作った介護長は
自分の権力を見せ付けた形になり、
施設全体のバランスは全く崩壊しまいそうななのに、

「してやったり!」

と知らん顔です。

本人の策謀のために看護が辛い思いをしたり、
施設がバラバラになってしまうのはあるまじき行為です。

これに対しては何とかしなければなりませんが、
緊急事態をまずは回避しなければなりません。
posted by 西やん at 08:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月09日

施設長奮闘記・Part35

さて、施設の話に戻ります。

介護長が勢力を付けつつ、看護長から退職希望が出てきては、
お互いの不均衡が表に出てきてしまいました。
ちょっとしたことでも、

「一看護師が直接一介護士に指示しないこと!」

「看護だけの判断でケアをいきなり変えないこと!」

「すべて、看護師は介護長を通して、物を言うこと!」


などと勝手に取り決めをしていきました。

ここには全く施設長としての私の意見は反映していませんでした。

看護がナゼ、介護長に話を持ち掛けなければならなかったか
というと、

それだけ介護士の判断能力や、
物事の分析能力が乏しかったという根本的問題があったのですが、
それ以外にも、男脳、女脳の違いもありました。

看護師は女性がほとんどでした。

それに対して、介護士は男女半々くらいでしたが、
比較すれば男性の多い施設でした。

女性は口が達者です。
それに対して男性は口下手です。

しかも、女性特有の感性、感覚でなかなか鋭い意見を出すのです。

特に理屈はなくても、
入所の方の「ちょっと今日はいつもと違う」というようなことを
結構「カン」で言い出すのです。

それに対して、いつもの与えられた業務をやりさえすれば
一日の仕事が終わるとしか考えていなかった介護士にしてみれば、
何も感じられることはないため、
ワケ分からず言われっ放しになることが時々あったのです。

このような男女の脳の違いは管理者としても
気をつけておきたいことです。

また、このような看護師もいたので、
施設長の私にも率直に意見を言う人もいました。

まあ、大筋はあたらずとも遠からずということもあり、
看護の意見を尊重して、
私の指示で急遽確かにケアが変わらざるを得ないこともありました。

介護長としてはこれをいかに阻止して、
権力を自分のところに集中させるかの方法を考えたわけです。

自分に権力を集中させろなんてことは、
直接私に物を言うべきことではないので、
その前の看護のレベルで阻止してしまったのです。

こうすることで、看護はまず、施設長の前に
介護長を通さなければ,という手順を作ったのです。

こうなると看護も直接介護長に言い出しづらくなり、
看護長を通じて話を持って言ってもらうという図式になります。

そうすると、出てきたことのいくつかは
私のところに持ち上がらずに、現場で処理されるようになります。

そうなれば、看護長と介護長の力関係は
少なくとも同列にすることができるわけです。

医学的な部分が不足しがちな介護が看護に対抗するには、
いかに看護を施設長医師から遠ざけるかが重要なことだったのです。

まったく恐ろしいほどの策士でした。

そして、介護士達はさらに介護長を崇拝し、
介護長の言うことを妄信していくのでした。
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2009年08月31日

施設長奮闘記・Part34

前回のようなトンデモナイことが起きるのは、
日本の医療の体制にも問題があります。

今日はちょっとだでわき道にそれて、私の話を書いてみます。

大学病院は9年ほど在籍していました。

外科としては早い時期、卒後8年目に学位(医学博士)が取れたので、割とあっさり退局
(大学病院を退職すること)してしまいました。

若かりし時は今から思えば、
少々高慢なところもあったかもしれません。

ただ、そんな私に丁寧に応えてくださった
先輩方を今でも尊敬しています。

その後大学病院に医師が不足して、
再入局の打診もいただきましたが、
前例のないことに対してクレームを付けるドクターもいるかと思うと
嫌だったので、そのまま復帰せずに民間病院就職してしまいました。

いくつかの病院に勤め、そこで腕も磨き、知識も増やしましたが、
卒業時からずっと日本経済を私なりに見てきたためか、
おかしいところは声を大にしておかしいと口にしてしまいます。

麻生さんではありませんが、
医者の常識は非常識なことが確かにあります。

そして、病院の中でもっとも保守的で変化を嫌うのも医局です。

もう、時代は変わってきているのですよ、
今までのようなやり方では非効率的ですよ、
と私が訴えても、
それを感じる元となる知識がないので
理解できず賛同いただけないことが多々ありました。

一種の専門バカといえばわかりやすいと思います。

最近では、一般の医局の先生方とは、
そのような内容で話をしても時間の無駄なので、
経営幹部の方々と話をする機会が増えました。

しかし、病院経営は非常にいい加減で、
経営幹部といってもまだまだどんぶり勘定でやっている方々が多く、
大変残念に思います。

なぜなら、効率の悪い経営のツケ
必ず患者さんがわからないところで負担する羽目になるからです。

実は、医療費負担ということだけでない、
目に見えない部分の不利益というものがあるのです。

私は、それを何とか改善していきたいと願って活動しているのです。
posted by 西やん at 10:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月21日

施設長奮闘記・Part33

もう、時刻は夕方の5時になります。

朝から右往左往していったいどうなったのだろう
とやきもきしていたら、携帯が鳴りました。

看護師「先生、結局先生から特定病院の先生に
直接交渉してもらうことを条件に、とりあえず
     明日受診することになりました」

私:「はあ?何で明日なの?
   このまま施設にいてもどうにもならないよ!
   死んじゃうかもしれないから、朝から手を打つように
   緊急で手配してたんじゃないの?」

空いた口がふさがりませんでした。

私:「どこでどうなったら、翌日になっちゃうの?」

なぜか未だにわかりませんが、あの後、
もう一度母体の病院に電話して、また、
アノ受けない先生に相談したのだそうです。

もちろん受けるはずはなく、
医師:「近くの透析やってるところに電話したら?」

と言われたので、これもわからないのですが、
近くの透析クリニックに電話したそうです。

クリニックは緊急体制が不十分なので、
意味がありません。

もちろん受けてもらえるはずもなく、
そして、もうどうにもならなくなって、
特定機能病院に直接電話したところ、
外来看護師に

「今日は透析担当の先生が忙しいので、 
 明日直接そちらのドクターから電話を入れてください」


と言われてしまったので、
私にも同じことを連絡したのだそうです。

私:「あほか!だからアノ先生じゃない先生を指定して依頼しろ、
   といったんだよ!しょうがないから今から病院の
   アノ先生じゃない先生に連絡するよ!」

ブチ切れの私は、母体の病院のアノ先生じゃない先生に電話して、

私:「これこれしかじかで、これから送らせてくれ」と頼みました。

アノじゃない先生:「エエッ!今から?しょうがないなあ。
        今すぐ送ってくれる?」

私:「超特急で送るから頼むよ!」

と、たった1本の電話で事足りてしまいました。

そして、この方は血液検査とCT検査を大至急やって、
病院から特定病院へ搬送されて入院となったのでした。

私の休日はこのように無意味に消費されていたのでした。
posted by 西やん at 11:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする